出版の失敗から何を学んだか
こんにちは、天木和です。
今回は、私のクライアントさん(仮にAさんといたします)の出版体験とそこから得た学びについてお伝えいたします。
初出版で初めていただいた評価が……
Aさんはあるスキルを活かしたお仕事に三十年以上も携わっていらっしゃる、いわばその道のプロ。
その専門スキルに関する本を初めて電子出版しました。
私もお手伝いさせていただいた本でしたので、出版後もランキングなどをチェックしていました。
すると何と、出版された直後にいきなり★一つのレビューが付けられてしまったのです!
★ゼロという評価は付けられませんので、最低評価をいただいたということになります。
コメントもかなり辛辣でした。
私は、そのレビューを見て我がことのように落ち込みました。
だって、初めて出版した本でいきなり最初に付けられた評価が★一つですよ。
私なら深く傷ついてしまって、もう二度と電子出版なんて出せないと思うかもしれません。
ひどいなと思うと同時にAさんの顔が浮かびました。
大丈夫かな、Aさん……
Aさんに何と言葉をかけたらよいのやら、私は悩みました。
それから一週間ほどが経ち、そろそろ連絡してみようと思っていた矢先、Aさんから私にメッセージが届きました。
Aさんのメッセージには、★一つを付けられたことを”早速の洗礼を受けた”と称して、”ただ、この意見は非常にありがたく思っている。おそらく多くの人はこう感じているんだと思う”と書いてありました。
★一つを付けられたという痛手を被ったにも関わらず、Aさんはそれを真摯に受け止め、前向きに捉えようとしていることを知って、私はとても胸が熱くなりました。
また最後に”今後ともお願いします”と締めくくられていた言葉に私は心底ほっとしました。
いまだからまだよかったんです
ある夜、私はAさんとZOOMでお話ししました。
たいへんでしたね、といった私の言葉にAさんはこう応じました。
「いや、いまだからまだよかったんです。これが何冊か出した後だったらダメージ大きいですよね」
そうですねといって私はうなずきました。
「やってみないことにはわからないことですからね」
いい学びになったとAさんはいいました。
レビューのコメントは、たしかに厳しいものがありましたが、こう感じるひともいるんだなという意味では勉強になりました。
それはAさんのいうように、やってみないことにはわからないことだし、むしろ早い段階でそのことに気づけてよかったのかもしれません。
それから次はこうしていきましょうといったところに話は及んでいきました。
想定読者を明確に
今回の一件で得た学びは、想定読者をできるだけ具体的かつ明確にした方がよいということでした。
Aさんの本は、専門的なことを解説した本ですが、かなり基礎的な内容であったため、よくいえば、広く受け入れられる本ではありました。
しかし、読者層を広げすぎると、期待する内容ではなかったと感じる読者が増えてしまいます。
もちろん、Aさんの本を作るときも、想定読者は誰かということは話し合ってきました。
ただ、基礎的な知識を短時間で学べるというコンセプトでいこうと決めてどういうひとにどのように役立つのかという点が少し曖昧になってしまったところがあったのだと思います。
本という性質上、選んで読んでもらえるか、また気に入ってもらえるか、はたまた嫌われてクレームを付けられるかはすべて読者に委ねられています。
Aさんの書いた内容は、専門的には正しく、わかりやすく上手にまとまっていたと思います。
ただ、いま振り返ってみると、見せ方をもっと工夫すべきだったのかなどいくつかの反省点が浮かんできました。
そして、何より重要だったのは、想定する読者を絞り込むようにすることでした。
あるいは、こちらが求めていない読者からいかにして選んでもらわないようにするかを考えるべきでした。
逆説的ですが、想定読者に自分の本を選んでもらうためのアピールと同じくらい、求めていないひとに読んでもらわないための工夫も重要なのかもしれません。
つまり、いくら内容がたしかなものであったとしても届ける相手が違ってしまったら悲しいことが待っているということです。
たとえどれほど有名な作家が書いたものであっても気に入らないというひとは必ずいますから。
発信していくことへの覚悟
誰でも自分は正しいと思っています。
それは書いたものも同じ。
何かしらまとまった文章を書き終えると充足感が得られます。
一冊の本を書き終えたとき、読んでもらった方からよかったよっていってもらえるかな、誰かに自分のメッセージが伝わればいいなとほのかな期待を寄せます。
最善を尽くして書いたと思うものであればなおさらです。
しかし書き手としていくらベストを尽くたつもりでも、いわれのない批判を受けるときはあります。
もちろん何も発信しなければ批判にさらされることもありません。
一歩を踏み出したからこそ、よいこともわるいことも起こりえます。
書き手から離れていった作品がどのように読まれ、読み手がどう感じるのか、そこに著者の居場所などないということを今回の一件で身をもって知ることとなりました。
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